養育費・婚姻費用と婚外子差別

司法の場で、いまだに続く婚外子差別

婚外子差別を主張する保育園園長とそれを容認する裁判所

 京都家庭裁判所平成29年(家)第1237号、第1238号では、前件審判より3年以上経過し、婚外子の誕生を理由として、婚姻費用の減額を申し立てたところ、相手方は不貞行為の相手との婚外子の誕生を理由とする減額請求は信義則に照らし認められないと主張している。

 

 そして、審判、および、抗告審(大阪高裁(ラ)第1204号)においては、相手方の主張を容認し、あらたな婚外子の誕生も、既に小学生、幼稚園の婚外子の生活費も、婚姻費用の算定には考慮されなかった。

 

 信義則違反を主張する相手方は、京都府福知山市保育園の園長であり、すべての子どもの福祉、権利を尊重すべき立場であり、保育園のウェブサイトには

 

『子どもたちは生まれたときから一人ひとり、与えられている、自分と他人の尊厳』

と当たり前の様に記載しているが、

 自らの経済的権利が関与すると、必死で、 

『養育費の算定にあたって、不定関係から誕生した婚外子は、嫡出子と同等に考慮されるべきではない』

  と婚外子差別としか言いようのない主張をしており、その主張を裁判所も容認している。

 社会福祉法人保育園の理念目的とその施設長との主張に大きな矛盾を感じるのは私だけだろうか?

 そもそも、この園長は婚姻費用を減額されまいと、園長になり収入が増加していることを隠蔽し、新築の住居に居住しているにもかかわらず、裁判所を欺き築数十年の住居の住所を申告している。

 この施設長たる人物は、世界的に批判をあびつづけ、平成25年に違憲判決によりようやく削除された民法900条第4号但書の婚外子差別についても、『婚外子は差別されるべきである』という立場であった。

 祖父母の代から、福知山市で2つの保育園を運営しており、かつ祖父、実父は日本基督教団の牧師であったが、そのような家庭で育った人物がそのような思想を持つことに、私にとってはただ驚くばかりであった。

 

 しかしながら、現在の日本においては信義則違反を婚外子の責任に帰する主張、そして、それを容認する裁判所の現状から、婚外子の差別的取り扱いについては、合理的理由のあるものとみなされているのだろう。

 

 『子どもの個人の権利の尊重』を極めて重大に慎重に取り扱う先進国各国から見れば、日本が周回遅れの人権後進国だと揶揄されても当然のことであろうと私には思われる。

  しかし、すべての子どもを保護すべき保育施設の施設長たる人物がたとえ自分や嫡出子の利益が関与している事情であっても、あからさまな出自による差別、『婚外子差別』を司法の場で主張することが、この国では常識的であって、合法的であるようだ。 不貞行為の責を負うのは当然であるが、その責は親を選べない婚外子に帰するべきではない、婚外子に何ら非はないという私の考え、主張が非常識であり、不当なようだ。

 

福知山 保育園