裁判官は、法律よりも、代理人の弁護士の顔色をうかがうのか?

 憲法9条改正反対、労働者問題、女性問題、人権問題を中心として、弁護活動をしている、それなりに名の通った弁護士らしい。

 しかし、私には、彼女の言動は、スラップであり、復讐、仕返し、いじめのような印象を帯びており、その弁護活動が、心理学的に言うなれば、いわゆる『反動形成』的なものではないかと思われる。

 

その主張によれば

『(標準的算定方式を用いているため)申立人の基礎収入算定において、既に非嫡出子らを含む世帯としての最低限の支出は考慮されているのであって、既に婚姻費用を減額する必要性はなく、「事情の変更」はない。』

まさに、婚外子は必要最低限の生活ができればいいのであって、嫡出子のように、『生活保持義務』を満たすだけの養育費を与えられる必要性はないと、普段は子どもの人権擁護活動に熱心な弁護士が、あからさまな婚外子差別を主張しているのである。

 

 

裁判官も、弁護士の民法880条に基づく事情の変更がない』という論調にすっかりと巻き込まれ、主張書面に沿った形、あるいはコピペなのではないだろうかという印象すら与える審判書(京都家庭裁判所平成29年(家)第1237号、同第1238号 裁判官 松井千鶴子)を書いている。以下はほとんど、相手方主張の引用といってもいいものである。

 『申立人は,Bとの間に3人の子があり,いずれも認知していることから,3人の子に対する扶養義務があることは否定できない。しかし,申立人が不貞行為に及びその結果子が出生し別居に至った経緯や申立人の収入,さらにBの稼働能力を考慮すれば,Bとの間に第3子が出生したのは本件決定後の事情であったとしても,婚姻費用分担額を減額すべき程度の事情であるということはできない。

 

 そもそも、民法880条はそれほど重要な条文ではない。当然に、民法877条に基づく認知されている婚外子に対する扶養の義務が比較にならぬほど重要な条文である。

 

婚姻費用分担金の審判は、非訟手続であって、裁判所が、後見的立場から定めたものであって、相手方弁護士の主張するような弁論主義ではないにも関わらず、『蒸し返し』などの的外れな主張を容認しているのである。

 

 本来、弁論主義ではない、非訟手続、後見的立場から裁判所が決定したものであり、責任は裁判所にあり、その判断に問題を含みうる場合、法令等に違反するおそれがある場合、過去の判例と相反する場合などは、当然に審判の変更が可能であり、後見人的立場である責任上、むしろ正しい審判に変更すべきものである。

 

 さらには、憲法第14条第1項に基づく婚外子と、嫡出子が差別的な取り扱いを受けることが違憲である可能性が高いのだから、裁判所が、合理的説明と言えるものは何ら説示することなく、あからさまな差別的取り扱いなどをするのは、子どもの人権、憲法を軽視しているとしか考えられない。

 

 婚外子が不貞行為の結果誕生したのが差別的取り扱いを受ける合理的説明』となど、裁判官が精神科的疾患等で判断能力に問題が生じていない限り、審判をしている裁判官自体、当然に合理的と思っているわけがないのである。

 

 相手方弁護士自体も、信義則違反、グリーンハンドの原則違反などといっており、本来、正しく法律が適応されるのであれば、婚外子も当然に嫡出子と同等に扶養を受ける権利がみとめられるべきであることを認めている。そして、婚外子に責任は存在せず、信義則違反等によって、不利な取り扱いをされてはならないのも言うまでもないことである。

 

 この弁護士は、

『抗告人が盛んに引用する平成28年2月19日名古屋高裁決定平成26年7月18日大阪家裁審判とは事案を異にしており、原審判の判事は上記決定や審判に反するものではない。・・・・・すなわち、上記各事件においては、婚姻費用の算定において、そもそも婚外子の存在が一度も考慮されたことがなく、且つ、義務者の収入減少という事情の変更を扶養関係においてどのように負担すべきか問われたこと、において本件と根本的に異なっている』 

 などと主張しているが、

 

 大阪家裁審判例において、それ以前の審判において婚外子を認知したことを婚姻費用の減額に対する事情変更の理由として申し立てたが却下されており、相手方の「婚姻費用の算定においてそもそも婚外子の存在が一度も考慮されたことがない」という主張は虚偽であろう。

 

 また、上記名古屋高裁決定例においても、「前件調停によって合意された婚姻費用額を減額すべき程度に、事業所得金額の変動が生じたとは言えない」とし、義務者の収入の減少を「事情の変更」とは認めておらず、相手方の「義務者の収入の減少という事情の変更を扶養関係においてどのように負担すべきかが問われた」という主張もまた虚偽であろう。

 

  誤ったものというより、状況的に虚偽の判例事実の主張であって、人権問題に熱心に取り組んでいるはずの弁護士が、裁判所を欺いてまで、婚外子の人権を蹂躙する主張をしているのである。

 

 以上のことは、当然に裁判所に主張(大阪高裁平成29年(ラ)第1204号 主張書面(2))しているが、結局は概ね論破されている相手方の主張に沿った、相手方弁護士に肩入れした

審判(京都家裁平成29年(家)第1237号、ど同第1238号 裁判官 松井千鶴子)

 

決定(大阪高裁平成29年(ラ)第1204号 裁判長裁判官 河合裕行 裁判官 濱谷由紀 裁判官 丸山徹)

になったのが現実である。

 

 

 結局、裁判官は法律的合理性、法理などより、自らの身に火の粉が出来るだけ降ってこないように、面倒な代理人弁護士の顔色をうかがって、審判をしているだけなのではないのか? 

 

 特に矜持をもって仕事に取り組んでいる判事より、内部の人間関係等での軋轢を生むことを避け、問題を右から左に流すような処理をする裁判官はそういう傾向が強いのではないかと想像してみた。そういう人はどういう職種でも、どういう職場でも相当数はいるものであるのも現実だろう。